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循環

「物事は循環していく」

 

最近頭の中に残っている言葉です。

 

血液も、水分も、細胞も、

お金も、食料も、不動産も

人の嬉しい気持ちや、怒りも、悲しさも

季節も、風も、

 

世の中にある全てのものが、ゆっくりと、もしかしたら早く、回っているかもしれないと考えています。

 

僕はどちはかというと、自分の中に貯め込もうとする傾向がありました。

貯金をしなければならない、という気持ちが分かりやすいです。あとは得た知識や、会社からのフィードバックもそう。忘れないように、忘れないようにと意識していました。

 

会社に朝最初に来るのが僕です。朝来て僕がはじめにすることは、空気の入れ替えでした。なんとなくやっていることですが、メンバーから好評です。おーいいねー、と言います。なぜかわからないけど、空気を入れ替えることはみんないいと思うんだな、と、今振り返ると重要なことしてたかもしれません。

 

それを、仕事とか、人とのコミュニケーションで応用していけばよいと考えました。

何を?というと、循環させることです。負の感情は、ずっと、べったり頭にはりつくことが多いと思います。そんなときへ、切り替えないといけない、思うのですが、なかなかできない。

部屋の空気を入れ替えるように、循環をさせるイメージをもつ。左手から得て、身体を循環して右手から出るように。

頭の中のタスクリストを空っぽにして出口をつくり、思ったことをやって、頭の中が循環するようにする。

 

そんなことをしようと最近考えています。

言い訳が生まれる原因。

「君はいつも繰り返しているよね」

「そのことに気づいていないから、また繰り返すんだよね」

 

会社の上司は成果を出すために、部下の間違った考えや行動を修正しなければなりません。だから、フィードバック(指摘、説教、叱り…等)をします。

 

私の上司は社長です。社長からは、冒頭の「君は間違いを繰り返している」とずっと指摘されてきました。

 

先日社長との1対1MTGの場で、私はこう言いました。

『この1ヶ月は、だめだめで、ぱっとしませんでした』

『きっと、明確にビジョン(目標)が立っていないからだと思います』

 

上記のようなことをいろいろと言いましたが、つまりは、仕事に対してやる気が出ないということを私は言っていました。

 

この発言に対して、社長は「また繰り返しているね」と言い、その後こう言いました。

 

「仕事にやる気は関係ない。やる気がなくても仕事はできる」

「仕事をやらないなら、辞めるしかない」

「あなたは、”また”、言い訳をしている」

 

この社長からの言葉を黙って聞いていました。そして5分くらい黙ったあと、ぴんときて、私の口から言葉がでてきました。「そうです。言い訳でした」と言いました。

 

1ヶ月がぱっとしない原因が「言い訳」であることにうすうす気づきながら、私は社長の前で言えませんでした。確信が持てなかったのと、言ってしまうとまた辛いことが起こるのではないか?と怖かったからです。

 

「言い訳でした」と理解してから、私の問題点が明確になりました。

1.周りの事象を言い訳の材料にしていた。→言い訳がどんどん増えていった

2.考えることが億劫になっていた。→改善の為に考えて、動いていなかった

 

上記に気づいたあと、なぜ言い訳がどんどん増えていったのか?を考えてみました。

仮説として、「やるのか、やらないのか、はっきり決めていないから」ではないかと考えています。

 

「社長がやりたい仕事は僕のやりたい仕事ではないかもしれない」

「だから…できればやりたくないのに。でも食べていかなきゃいけないからやらないと。でもなぁ…」

「転職も選択肢としてはある。今日は別に早退してもいいんじゃないか」

という考えを私はぐるぐるさせていました。このように「やるかやらないか」を自分の中ではっきりさせていないと、言い訳がどんどん生産されるようです。

 

実際、「仕事は全てやる」と決め手からは、言い訳の生産はストップされたと思います。

 

自分の中の言い訳をとめ、思考を回すためには、そもそものスタート地点の「やるのか、やらないのか」をはっきり決める必要があると思いました。

 

映画「セッション」を観て。しなやかに、返り咲きたい

映画「セッション」を自宅で観ました。日本以外では「WHIPLASH 」というタイトルで、アカデミー賞受賞作品です。

 

※映画について詳しくはこちら等から

 

久々に映画を観て感動しました。僕は同じ映画を何度も見る傾向があったんですが、その日はたまたま新しい映画、セッションに出会いました。


その日は病院の検査の日でした。(何の検査かは後日書きます)。金曜日でしたが、検査後会社には戻らず、家で業務をすることになりました。1時間ほど休んでから仕事にとりかかり、社長へ報告し、仕事を終えました。

同居している彼女は美容院に行っていて、やることがなく暇になりました。仕方なく洗濯物をたたみながら、フールーで動画を見ようと思い、たまたまセッションを選びました。

 

セッションを見ながら洗濯物をたたんだのですが、結局たたみ終わるのに90分かかりました。映画に集中してしまったからです。そこまで惹きつけたのは一体何だったのか・・・。

 

この映画は有名なのか、評価されているのか、良い作品なのかは置いておいて、とにかく今の僕に突き刺さるものがありました。今の僕と社長の状況と、映画の主人公ニーマンとフレッチャー先生との関係がタイムリーにリンクしたからです。

 

ぐっときたポイントは、沢山あったのですが、1番はラストの演奏会です。そのラストの中で、主人公ニーマンが一曲目終了後に退場することになり、父親と抱き合うシーンがあります。「ああ、やっぱり挫折してしまったんだな」「誰でもそうなるよ」と思いました。


でもニーマンはその後、「すーーっと、静かに」自分のドラム席へ戻ります。この「すーっと」戻っていくのが印象的でした。周りのプレーヤーが「なぜ戻ってきた?」という顔をしても関係ない、という感じで、さらに、フレッチャー先生の合図を待たずにドラマを叩き始めます。「俺が合図する」とプレーヤーに言います。その後ニーマンを中心に曲が始まり、フレッチャー先生もそれに合わせて指揮をしていくのです。

 

普通の人なら挫折する場面で、ニーマンはすーっと戻っていきました。それは、単純に復讐のためか、フレッチャー先生の意図を理解したからなのか分かりませんが、冷静であり熱い状態であると読み取りました。

 

一曲目の後、主人公は挫折をしたはずです。でもすぐに戻ってきた。

 

ポキっと折れてしまうのではなく、しなやかに返り咲いた。

 

その姿がとても印象に残り、自分の胸を熱くさせています。

いつもと違う感覚。

今日の仕事で、普段とは違う感覚を覚えたので記録します。

 

・これまでは社長への朝イチ報告が嫌だったが、すんなりやった。

(これは朝の業務の段取りの際に、ゼロ秒思考メモを2回行ったから、すんなり出来たと思う)

 

・社員全員の前で社長に、いつものように強くミスを指摘され落ち込みはしたが、すぐ立ち直り、次の業務に集中することができた。

(著書マインドセットを読み、まとめ作成をしている。朝会社に来た時にまとめを読み返している。しなやかなマインドセットへ向けて、順調な成長だ)

 

・突然1人でプレゼンすることになった。いつもは緊張で押しつぶされそうになるが、今日は自信を持っていた。スキルが足りず、相変わらず下手だが、この経験をさせてもらえたこと自体がラッキーだと、ありがたいと感じた。願わくばもっと機会をいただきたいと思った。そのためにスキルを伸ばしたいと思った。

(これまでは、プレゼンをいきなり任されことに文句を垂れるか、あまりの下手さに落ち込むか、いじけてやる気をなくした宣言をするのか、だった)

 

・いつもは帰社後にぜーぜーしながらやっていた業務を電車の中で終わらせた。

 

以上です。

 

今日は仕事が楽しかったです。

 

実は先週、気分が非常に悪く、会社を早退して1日無気力で、死んだような感じだったのですが、それ以降は仕事がなぜか楽しいです。

(一度死んでみるのもいいかもしれない。精神的に)

 

余計なことを考えていない気がします。人から嫌われていたり、評価が低くても構わないと思っています、今は。「大丈夫。生きていける」と思うので。

 

やることがあり、仲間がいて、パートナーがいて、僕はとっても幸せです。

 

『マインドセット「やればできる! 」の研究』を読んで-1

日々過ごして、いつしか「結局自分って変化・成長できないのでは?」という想いに囚われ、心の根っこが硬直していたと気づかせてくれた本です。

 

マインドセット「やればできる! 」の研究から思い出した。

 

「起業家になりたい」「経営者ってかっこいい」と憧れ、2名の会社に飛び込んでから2年が経っていますが、いつしか「経営者って大変」「こんな弱い自分には到底むりじゃないか?」と思うようになり、最初に抱いていた夢を手放していました。

 

「オレって、ここで何がしたかったんだっけ?」と迷い、モチベーションが低下することがあり、そんな時は「とにかく業務を終わらすしかない」と考えていました。それがだんだん、「早く終わらて自宅に帰る」事が会社にいく動機となっていました。

 

毎日、疑問に思っていました。「これでいいのかな?」と。「でも、僕には到底・・・厳しいよね」と思っていました。

 

この本の「第7章教育」に書いてある内容が印象に残っています。

 

到着基準を下げれば、生徒に成功体験をさせて、自尊心を高め、学力を伸ばすことができると考えている教育者が少なくない。…(中略)…。そんなことをしても効果はない。お座なりにやってもほめてもらえると高をくくっている学力の低い生徒を増やすだけだ。(P.282)

 

 
優れた教師は、できる生徒に対してだけではなく、全ての生徒に対して高い基準を設ける。(P.289)

 
僕は、自分自身の基準を下げてきた。何か壁が出てくるたびに、どんどん下げてきた。すると文句や、不満が溜まっていった。「なぜかわからないけど、モヤモヤする。あれ、オレ何がやりたいんだっけ・・・」と。
 
この本を読み、「そういえば僕は、起業家や経営者みたいな人になりたいだったよな」と思い出した。
 
今一度自分に問いかけて、考えてみようと思う。
 
「2年前の想い、今どう思う?」

 

心の声。

僕は人に優しくしたいし、その分人から優しくされたいと思っている。

 

今日、分かった。苦しみから逃れるために、病気の説を信じようとしていることを。

 

僕はどうしたいのか。どうするべきなのか。

 

じっくり、考えていきたい。

高い承認欲求。自分の元気。

こんばんは。

今日は自宅でサムギョプサルを焼いてビールと一緒に食事をしました。良き月曜日になりました。

 

毎日にネタがある

そんなふうに思います。実は先週、会社を辞めたいくらい精神的にキツかったです。今と比べると、天国と地獄のような感じです。

ブログを再開したのも、「毎日に学びのネタがある」事を確認したかったからかもしれません。

 

自分を苦しめてきたもの

僕が苦しんできたものは、社長に対する高い承認欲求でした。

僕は、今の会社で勤めて2年間、社長のすぐそばで仕事をしています。上司=社長です。

 

社長は「自分で考えなさい」というスタンスで、僕をマネジメントしています。僕は自分で考えて、社長に認めてもらいたいと思っていました。

しかし毎日蓄積されるのは、「だめだね」という否定の言葉でした。『褒められたい…』と、自然に気持ちが湧いてきました。

 

言葉がべったり頭にはりついて、取れない感覚でした。お風呂場でぼーっとしてしまうことが普通になっていました。

 

僕は、社長に認められることをやめることにしました。社長に認められたいと思うばかりで、自分自身に元気がなくなることがオカシイと思いました。自分に元気がないと、自分の周りにいる人に心配を与えてしまい、もうやめようと思いました。

 

「自分の元気」を中心に、生活をしてみたらどうなるか。試してみたいと思います。